以降の文章は情報処理学会論文誌 28巻6号 P658~667 (1987) 白鳥嘉勇、小橋史彦 「日本語入力用新キー配列とその操作性評価」を自分の理解を加えて要約したものです. 以下引用部分は特に記述がない場合はこの論文から引用されたものです.

基本的な設計指針

SKYを設計するための前提条件として白鳥氏らは以下の二つをあげている.

  1. 配列領域は,3段10列の30キーであること.これは,i)30キー程度がタッチタイプしやすいこと,ii)3段10列を基本とした 英文タイプで高い打けん速度が得られていること,等による.
  2. シフト操作を必要としないこと.これは,i)シフト操作による打鍵時間の増加を防ぐこと, ii)交互打けんのリズミカルな操作がシフト操作のために中断されるのを防ぐこと, 等による.

以後様々に提案される配列が(長音や特殊拗音を配置しようと思えば仕方のないことではあるが) 3段10列に収まらなくなったり,シフト操作を伴うことと対照的である.

また,SKYが目指すべき目標としては,以下の5つ+αをあげている.

  1. 交互打けん率の向上
  2. ストローク数の低減
  3. ホーム段キー使用率の向上
  4. 各指使用率のバランス
  5. 同指段越え打ちの減少
また,文字キーの設定およびそのキー配置に際しては,打けん操作特性値の向上のほか, 配列の覚えやすさを合わせて考慮した.

同じ指が段をはさんで打鍵する回数の減少を企図しているものの同指打鍵を減らすことは 企図されていないことは注目に値する.また,積極的に覚えやすさというものに配慮することを 基本的な姿勢として表明している.

具体的な配列決定プロセス

配置する文字の決定

まず,最初のたたき台として以下のような左右分離型配列を考える.

K S T N H | A I U E O
M Y R W G | , .      
Z D P B   |          

この配列の交互打鍵率は本論文によれば83%である.この配列の交互打鍵率をさらに引き上げるには (ストローク数を減らしつつという条件がないとmykey的解決策がベストになるんだけど), 片手の連続打鍵を減らせばよい.すなわち,母音の連続と撥音と拗音と促音を減らすことができれば, それがすなわち交互打鍵率の向上につながる.そこで,上のたたき台の配列の残りの9キーに これらの打鍵を1打で打てるような「複合キー」を導入することを考える.

おのおのの打鍵の出現比率を統計的に調べると,まず,母音の連続としては, EI,OU,AIの連母音が出現率が高いので(2%以上), 複合キーの候補として確定.OI,UIはあまり高くないので(0.5%程度),候補として保留された.

次に,撥音の場合はAN,IN,ENの出現率が高いので同様に確定. ただ,ほかの要素は出現率があまり高くないので保留.

同様に,拗音はYOUの出現率が高いがこれはOUがあるので除外.YUUの出現率は高いので候補として保留. ただし,UUの連続の頻度が多いので,これとあわせてUUが複合キーとして確定される.

促音の中でもTTの出現率は高いが,ほかの出現率が低すぎるのでもしTTを採用するにしても, このキーだけになり,規則が複雑になるので採用を断念した.

以上をまとめると,EI,OU,AI,AN,IN,EN,UUが確定している. これ以外の候補の出現率を比較すると,だいたい0.5%程度でならぶので, 規則性を考慮した結果,UN,ONが採用されて,今のSKYの母音の構成となる.

配置の決定

文字種の配置は覚えやすさを考慮し,ローマ字としての種類が同一のものをグループ化して扱う.

まず,どの段に配置するかに関して,母音側は[母音系],[複合母音系+句点],[撥音系](全部5キーずつ). 子音系は[使用率が高い上位4種+Y](これがたまたまKSTNと五十音の最初の4子音であることは, 五十音表を作った人に感謝せねばなるまい),[濁音と半濁音][その他子音+読点](これも全部5キーずつ)のグループに分けた.

これらのグループを出現率の順に中段->上段->下段の順で割り振る.

次に,どの指に担当させるかに関しては母音側は覚えやすさを考慮して, 同じ母音から派生したものをひとつのグループとして扱う.たとえば,「A」,「AI」,「AN」を ア段としてひとつのグループにまとめる.

そうしたときに,人差し指から小指にかけてなだらかに負担割合が減少していくことを 理想として,出現率から配置を検討する. 出現率自体は本論文によると,

となる.妙にイ段の出現率が多くてア段の出現率が少ないのが解せないが, これから,ア段と出現率が少なめのウ段をまとめて人差し指の担当に, オ段を中指の担当に,イ段を薬指の担当に,一番少なかったエ段を小指の担当にしたと解説されている. そうした場合人差し指から順に19%,13%,12%,6%という出現率になる.

子音は,論文には覚えやすさを考慮して清音と濁音を同じ指の担当に…等と書かれているが, あまり詳しく書かれていないので五十音の順番に並べたら, 出現率が偶然にも綺麗だったのでそのままいじっていないのではないかと勘ぐってしまう. もしもう少し自由に変更できるのだったら,もう少し小指の負担を減らした配列にするのではないかと推測する.

また,配置に際して同指段越えうちを避けるように配置したと主張している. 同指段越えうちが出現する可能性は人差し指同士の拗音(H-YOU)で1.2%,読点+子音(,-PARI)でほとんど0%,複合母音+撥音(EI-EN)でほとんど0%, 撥音+句点(NIN-.)でほとんど0%.この中で相当率で出現するのは拗音だけでおる.この段越えを避けるために「Y」を中段に配置したので, 拗音では同指段越えうちは出現しない.

ただ,段越えうちは致命的であるが,同指打鍵自体が高速打鍵をする妨げになるので, 段越えに話を限ったのは疑問である.ただ,この論文で考える配列の範疇では(訓令式ローマ字を複合キーを追加して入力する配列を作る) 解消不可能だから,意図的に話を限っているのだと思う.

以上の考察によって,SKYの配列が以下のように決定された.また,本論文による各キーの打鍵頻度も横に示した.

,(2.3) W(1.4) R(4.5) M(2.1) H(2.5) | UU(0.8) AI(1.8) OU(3.4) . (3.4) EI(1.6)
N(5.6) T(7.3) S(6.0) K(7.6) Y(3.5) | (6.1) (9.4) (8.8) (9.9) (3.7)
P(0.4) D(2.0) Z(1.5) G(2.2) B(1.0) | UN(0.4) AN(1.0) ON(0.4) IN(0.8) EN(1.3)

なお,よく問題にされる長音記号や小さい文字を打つためのプレフィックスであるが, 論文中の例文にパリなどとあることから,対象とされた日本語にカタカナ語がなかったわけではないようである. また,論文中に唯一長音という記述があるのは,AAやOOなど同一母音連続をあらわすときである. すなわち,論文中のSKYに独立して長音キーが存在しないのは長音を同一母音連続で入力していたからだと推測される.

ただ,訓令式でも基本的には長音記号(\^{O}のような感じで)を使って表したはずなので, なぜこのような方式になったのかもうちょっと説明が必要であると感じる. 少なくとも,カタカナ語に限っても同一母音連続によって長音を入力する方法は辞書によるサポートを必要とする.(シーラカンスとシイラとか) 以前のATOKにはM式用にこの種のサポートをするモードがあった. 今でもあるのかは知らないがハイフンが遠いQWERTYローマ字にこそ,この発想が生かされるべきなんじゃないかという気がする.

また,あまり頻出しない小さい文字に関しては(意図的に?)考えなかったのではないかと思う. たぶん例文にも存在しなかったのだろうし,少なくとも訓令式ローマ字には定義されていないから 論文の構成としては何の問題もない.

ただ,木村泉氏による「ワープロ徹底操縦法」によるとSKY配列は以下のような形をしていて, 長音記号はおろか小さい文字用のプレフィックスやF,Vまである.

1  2  3  4  5  | 6  7  8  9  0  -  X V
,  W  R  M  H  | UU AI OU .  EI F  { 
N  T  S  K  Y  | U  A  O  I  E  ー } 
P  D  Z  G  B  | UN AN ON IN EN ・

論文中にも基本配列を決定したとあるから主要部分以外にこのようなキーを盛り込んでも一応は矛盾しない. ただ,本当は上のような配列を使用したとすれば,「この実験に使用した配列」とあるところに基本部分しか記述せずあとを空欄にするのは 不親切だと思う.


最終更新日 : 2004-01-24
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